大学院生による卒論指導のためのチェックリスト
はじめに_
先端情報システム工学研究室では基本的に博士後期課程の学生には修士論文の指導を、大学院1年生には卒業論文の指導を行なってもらうようにしています。
これは二つの理由からです。第一の理由は、後輩の論文を指導することにより自分の論文執筆能力および研究能力の向上をはかるためです。第二の理由は、論文中の初歩的な点を大学院生の方にあらかじめ指摘してもらうことによって、教員がより本質的な点について指導することができるようにすることです。
論文指導で得られると期待されること_
後輩の論文を指導することによって、自分の論文執筆能力および研究能力の向上が期待できる理由は以下のとおりです。
多様な視点の取得_
これまで執筆者のみの視点であったのが、読者あるいは指導者の視点で論文を眺めることができるようになります。
論文をはじめとする報告書、また申請書は、読者に自分の成果や主張、行ないたいことを説明するための文書です。この文書の価値は、読者が筆者の成果や主張、行ないたいことを誤解なく理解できるかどうかにあります。このため、筆者がどんなに努力し、工夫したとしても、読者が書いてある内容を理解できなければ、その文書の価値はゼロです。
読者が理解しやすい文書を作るためには、読者がどのように考え、どのような文書であるならば読みやすい、理解しやすいと感じるのかを筆者が理解していないといけません。筆者がこれらを理解するための一番簡単な方法は、読者になって文書を読んでみることです。しかしながら、自分の書いた文書については、前提知識や先入観などにより、純粋な読者として読むことができません。
修論や卒論指導の際に、他人の論文を純粋な読者として読むことにより、前提知識や先入観に邪魔されず、読者がどのように考え、どのような文書であるならば読みやすい、理解しやすいと感じるのかを理解することができます。
また、指導者の視点で論文のどこを修正すれば良いのかを考えながら読むため、自分が卒論を執筆したとき、修論を執筆したときに受けた注意を自然と思い返し、そのときの指導者の視点を追体験することができます。
この読者の視点と指導者の視点は、今後、自分が報告書(論文を含む)や申請書を書くときに、そのまま生かすことができます。
違和感や修正点の言語化_
論文指導によって、自分の考えを他人にわかりやすく説明する訓練ができます。
論文指導をするためには、自分が覚える違和感や修正点を相手が理解できるように説明しなければなりません。学問においては、理屈がもっとも重要であり、権威や圧力によってものの良し悪しが決まるのは好ましくないことです。ですから、違和感や修正点の説明も理屈によってなされなければなりません。
ところが、この自分が覚える違和感や論文の修正点を相手に説明するのはそんなに簡単な話でありません。なぜならば、多くの日本人学生は、小学校から大学3年生までの教育課程において、自分の主張を他者に伝える訓練を積んでいないからです(この件に関しては外国語を身につけるための日本語レッスンと外国語で発想するための日本語レッスンに詳しいです)。
しかし、大学4年生以降は研究や社会での仕事を含め、自分が行なったことの価値(必要性、重要性、緊急性)については、自分が説明しないといけません。特に研究や開発を業務とする場合、今まで社会に存在しなかったものの価値は、我々自身が丁寧に相手が理解しやすい形で説明しなければ分かってもらえません(世の中に存在しなかったのだから、それが社会においてどういう位置づけのものなのかを理解する人は少ない)。
この自分が覚える違和感や論文の修正点を相手に説明するという経験を通して、自分が感じたことを他者に伝える難しさを理解するとともに、練習することができます。
以前に指導されたことの再確認_
論文指導によって自分が以前受けた指導を咀嚼し、血肉にすることができます。
博士後期課程の学生は既に卒論と修論を執筆していますし、博士前期課程1年生は卒論を既に執筆しています。修論執筆あるいは卒論執筆の際には多くの指導を受けたと思います。ところが、それがどのくらい血肉になっているかは別の話です。多くの人にとって、100の指導を受けたならば、そのうちの20ぐらいを頭で理解し、心で納得した上で論文執筆に反映させたことと思いますが、残りの80くらいは「先生が言ったから」とか「先輩が言ったから」とかいう理由で、機械的にしたがったと思います(もちろん、これを書いている後藤もそうでした)。
一方で、後輩の論文指導をする際には、指導をするための基準を自分の中に持たなければなりません。そのとき、自分の中の基準として採用されるのは過去に自分が受けた指導がベースになるはずです。自分が理解できない内容を指導基準にすることはできませんから、先生や先輩に尋ねたり、自分自身で理屈を考えてみたり、過去に機械的にしたがっていた過去の指導をもう一度見当しなおすことになります。
また、後輩に「どうして、**としなければいけないのですか?」と疑問をぶつけられることによって、説明の義務が生じ、強制的に過去に受けた指導の再検討をせざるをえない状態になります。
これらの過去に受けた指導の再検討よって、より深く、過去に受けた指導を理解することができるようになります。
他者との違いの実感_
論文指導によって、自分と他人は違う考え方をしていることを実感することができます。
論文指導を複数人で行なっていると、指導者間で修正すべきと思っているところ、良いと思っているところに違いがあるのに気づきます。また、指導者と論文執筆者の間にも、考え方の違いがあることに気がつきます。人は一人一人が違う環境で育ち、違うことに興味を持ち、違う価値観を持っています。この事実は当たり前すぎて、バカらしく思えるぐらいですが、案外、多くの人が他人も自分と同じ考え方をしていると思いこんでいます。
また、論文指導をしていると、ある単語や言葉、言い回しをそれぞれの人がそれぞれの意味で使っていることに気がつくはずです。ネイティブ日本語話者の多くは、自分の使う言葉を辞書で引いて覚えるのではなく、本で読んだり、テレビやラジオ、あるいは雑談の中で聞いた話の文脈から類推してその言葉を覚えていることが多いです。
しかし、先にも述べたとおり、論文をはじめとする報告書、また申請書は、読者に自分の成果や主張、行ないたいことを説明するための文書です。そこに書いてあることは、想定する読者層に属する人であれば誰が読んでも同じように解釈できなければなりません。
自分と他人は違うという認識の下でのみ、他人が分かるように説明する、あるいは、みんなが共通につかう言葉(辞書的な意味)を使う重要性が分かるようになります。
指導の心得_
大学院生が行なう指導で求められていること_
教員として大学院生の論文指導に期待するのは以下の点です。
- 指導教員がより本質的な指導ができるように書式ミスや誤字・脱字などの初歩的ミスを潰してくれること
- 自分がこれまで受けた指導を思いだし、それを後輩にも伝えてくれること
- 卒論生や修論生からの疑問や討論に気軽に応じてくれること
教員が一つの論文指導に費やせる時間は論文の質がどれぐらいであろうと一定なので、書式ミスや誤字・脱字などの初歩的ミスの指摘に時間をとられると、より本質的な論文の流れや説明方法、データの解釈部分などを指導できません。大学院生が初歩的なミスを潰してくれるとより本質的な部分の指導に時間を費やせます。
また、卒論生や修論生がつまづく点は案外共通しています。この共通した点を教員は1年に1度、卒論生や修論生の人数分繰り返し述べていますので、正直いってうんざりしています。この毎年繰り替えされる共通した点を大学院生が後輩に伝えてくれると、教員は気が楽ですし、伝え忘れがなくなります。
最後に、教員がいくら友好的に振る舞ったとしても学生からすると教員は別格に恐ろしい存在です。その点、大学院生は教員に比べれば卒論生や修論生にとって気軽に反論できる存在です。ぜひ、反論を受付けてあげて、議論をし、研究に対する理解を手助けしてあげてください。
指導の際に気をつけること_
仮に間違った指導をしたとしても、最後の責任はすべて指導教員がとります。「体験」と割り切って、間違いを恐れずに行なってください。
以下に指導する際に気をつけるべきことを列挙します。
- 自分のことは棚にあげる
相手がわかってくれることを信じて、自分ができていないことでも遠慮なく指摘しよう!自分ができていることしか指摘できないとすると、大学院生は何も指摘できなくなります(実は教員も同じ)。
- 疑問に思ったこと違和感を感じたところを素直に伝える
単語がわからないや記述がわからないなど、すべて自分基準で構いません。「みんながどう思うか」はとりあえず考えないで良いので、「私はこう思う」と素直に説明してあげてください。
- 物事と人は分けて批判しよう
批判したり指摘したりする対象は、発言や書かれた文章、図、表、式のみとし、人を批判するのは止めましょう。「あなたは〜」という言い方は人に対する批判と受け取られやすいので、「この文章は〜」とか「この図は〜」とか「私は〜だと感じる」などという言い方をしましょう。具体的な方法については「アサーティブな振る舞い」でGoogle検索してみてください。
- 相手は悪意を持っているのではなく、知らないのだと考えよう
論文指導をしていると、卒論生や修論生の態度が気にくわないときが良くあると思います。そのときはぜひ「悪意を持ってやっているのではなく、それが良くないことだと知らないのだ」と考えて、一度説明してあげてください。ゆとり教育開始後(1980年代後半から現在まで)、私たちは年齢の違う人と触れ合う機会があまり持ちませんでした。その結果、学生は年上の人との付き合い方がわからない人が多いです。たぶん、あなたもそうだったでしょう(私もそうです)。ですから、1度は説明しましょう。それでも態度が変わらないのであれば、あなたが頑張ってあげる必要はありません。適当に手をぬきましょう。
- どうしてもつらくなったら遠慮なく先生に相談しよう
みなさんは、自分の研究能力アップのためとはいえ、別に卒論生や修論生からお金をもらって論文指導をしているわけではありません。あくまでも好意で論文指導をしているわけです。もし、相手の態度が悪い、自分の諸々の都合で論文指導がしんどいというときには遠慮なく教員に相談してください。
指導の手順_
指導の際には以下のものを準備しておきましょう。
- 赤ボールペン
- 国語辞典、英和辞典
- ポストイット(ページを折り曲げるので代用しても良い)
卒論生および修論生から論文をもらったら、次の順番で読んでいきます。
- 表紙
- 概要
- 目次、図目次、表目次
- 参考文献
- はじめに〜おわりに
面倒とは思いますが、できるかぎりコメントは丁寧に書くようにしてください。書き言葉は思ったよりも語調が強く感じられますので心持ち柔らかめな文章で書くように注意します(指導側とはいえ、同じ学生であるということをお忘れなく)。また、注意点だけではなく、良い点についても遠慮なく褒めるようにしてください。
修正点や検討点があるページを見つけやすいようにポストイットでわかりやすくするか、そのページの右端を折り曲げておくことをオススメします。
全部読み終えたら、もう一度ざっと頭から終わりまで目を通してください。
特に注意すべき大きな点や大きな問題点については表紙に箇条書きの形でまとめておいてあげると、卒論生や修論生によろこばれると思います。
論文の指導後は、必ず口頭で内容を説明してあげてください。口頭での補足説明や質疑応答によって、より指導内容についての理解が増します。
指導2回目以降は、前回指摘した点が修正されている、あるいは、その指摘した点を修正しなかった理由があなたに伝えられているかを確認してください。もし、指摘した点を無視した形になっていたら、理由を確認するようにしてください。
複数人で論文指導を行なっている場合は、他の人がどのように指導したのかをチェックしておくことをオススメします。自分との考え方の違いや自分が見落としていた点、あるいは指導内容がおかしい点について気づくことができるので、研究能力の向上に多いにプラスになります。
チェックリスト_
以下には実際に論文指導の際に気をつける点を列挙します。
指導を受ける際の姿勢などについて_
指導者が指導しやすいように配慮されているかをチェックし、そうでなければ教えてあげてください。
- 締切りを守れているかどうか?
- 論文は片面&ダブルスペースで印刷されているか?
- 論文は左肩止めになっているかどうか?
- 渡した論文のバージョン、誰に渡したのかが区別できるようになっているか?
指導が2回目以降の場合は以下のことも注意してください。
- 前回指導した論文の原稿も一緒に提出されているかどうか?
- 前回指摘した点が直っているかどうか(直っていない場合にはその理由について説明されたかどうか)?
書式について_
- 学科・コース指定のLaTeXスタイルファイルを用いているかどうか?
- フォントは統一されているか?
- 表紙は正しくつくれているかどうか
- タイトル
- 指導教員名
- 提出日付
- 学科/コース名
- 学籍番号と名前
- 研究室名と住所
- 右肩の論文番号
- 論文の構成が正しいかどうか
- 表紙、概要、謝辞、目次、図目次、表目次、本文、公表論文(修士のみ)、参考文献、付録の順になっているかどうか
- 目次に概要、謝辞、目次、図目次、表目次も掲載されているかどうか
- 表目次までのペース番号がローマ数字で、本文からのページ番号がアラビア数字になっているかどうか
- 公表論文や参考文献のページでは、程研究室で定めたとおりの参考文献形式になっているかどうか
- 日本語論文ならば
- 英数字が半角になっているかどうか?
- 句読点が統一されているかどうか(日本語文中は全角の「,.」。英数字中は半角の「,.」。)
- 全部、常体(〜だ。〜である)で統一されているか?
- 半角英数字の前後に半角のスペースが入っているかどうか?
- 英語論文ならば
- 数えられる名詞が裸のまま(冠詞がついていないかつ複数形にもなっていない)登場しないかどうか注意。
- 三単現のsが抜けていないかどうか(特に関係代名詞を主語とする場合に注意)。
- 文になっているかどうか(複文の構成ルールにあっているかどうか。動詞が二つ以上登場していないか)
- 表・図ならば
- 単位は記載されているか?
- 表や図中の数字や文字は読めるかどうか?
- 表と図のタイトルはついているか?位置は大丈夫か(表は上、図は下)?
- その表と図は論文中で説明されているかどうか?
- 有効数字はちゃんと検討されているかどうか?
- 図や表のタイトルと中身は一致しているか?
- その図や表は本文中の説明を読まなくてもある程度理解できるようになっているか?
- 数式ならば
- 数式中の変数はすべて説明されているかどうか(謎の変数は存在しないかどうか)
- 文中に登場する変数はちゃんと斜字体になっているかどうか($で囲っているかどうか)
- 参考文献が文中でひかれているかどうか?
「〜。[3]」というのは間違い。「〜 [3]。」とする。
- (TeXの場合)クロスリファレンスはちゃんと表示されているかどうか([?]みたいになっていないかどうか)
- 誤字・脱字がないかどうか
- 句読点のつけ忘れがないかどうか
- 箇条書きの書き方がその箇条書き内で統一されているかどうか
単語、用語について_
できる限り辞書に準じて用語を使うべきです。また、概要、はじめに、2章〜考察、おわりにの4つは独立に読まれるので(多くの場合「概要→はじめに→おわりに→2章〜考察」の順番で読む)、特別な用語の定義はそれぞれの部分ごとに行なうようにします。
- ある物事を複数の用語で表現していないかどうか(論文においては言い換えは避ける。ある物事や概念は論文中では常に一つの用語で表現する)
- 専門用語が登場したとき、それは情報システム工学科4年生が常識として知っている言葉であるか(もし、情報システム工学科4年生が常識として知らないような言葉ならば必ず用語の説明をいれるべき)
- 一般的に使われている言葉を特別な意味で使っていないかどうか(一般的な言葉を論文内で特別に使用することは避ける。どうしても、避けられないならばちゃんと定義し、索引にも載せる)
- 特別な用語を定義なしで使っていないかどうか
- 略語について初登場時にフルスペルが示されているかどうか(分野によって略語が意味するところが変わるので初登場時には必ずフルスペルで書かなければならない)
文、文章について_
単語を文法にしたがって並べたものが文。文章を意味のまとまりごとにまとめたのが文章。ある目的の下で文章を組み合わせたものを文書といいます。ここでは文と文章の注意点について書きます。
まず、文についてのチェックポイントは以下のとおりです。
- 主語と目的語が省略されていないかどうか?
- 主語と述語を一致しているかどうか?
- わかりづらい複文になっていないかどうか(主語と述語が1組ずつあるのが単文。文中に主語と述語が二組以上あるのが複文。複文は意味が曖昧になりやすいのでできる限り単文にする)
- 責任を曖昧にする「〜的、〜風、〜性、〜調」が使われていないかどうか(断言を避けるためにこれらの言い回しが使われていないかどうか)
- 修飾語、形容詞、副詞の修飾先がはっきりしているかどうか(複数の意味に解釈されないかどうか)
- 形容詞(長い、重い、早い、など)や形容動詞(綺麗な、新鮮な、など)を使うときには量がはっきりしているかどうか(量が伴っていないこれらの修飾語は不要)。
- こそあど言葉を使いすぎていないか
- 対応する日本語が存在するのにカタカナ表現を使っていないかどうか(カタカナ表現はできる限り使わない)
- 意味の曖昧な複合熟語を使っていないかどうか(Googleで検索し、1000件以下ならば使ってはいけない)
- 意味のない逆接、順接の接続詞が使われていないかどうか
- 体言止めを使っていないかどうか
文章に関するチェックポイントは以下のとおりです。
- 一つのパラグラフ(段落)が一つの主張でなりたっているかどうか
- 文章において視点は統一されているかどうか(ある文では利用者目線で述べているのに、次の文は急にシステム目線になり、さらに次の文では利用者目線に戻るということは発生していないか?視点が頻繁に変わる文章は読みづらい)
- 論理の飛躍はないかどうか?(読んでいて、ひっかかる、あるいは一度後ろに戻って読み直さないと理解できない文章には論理の飛躍がある)
論文の内容について_
主に論理(ちゃんと筋道がたって説明されているかどうか)を中心にチェックして欲しい。なめらかにサラサラと読める論文が良い論文。どこかでつまづくということは、何かしらの問題があると考えていいです。
- 筆者の成果と先行研究の成果がちゃんと切り分けられているかどうか?(同じ章の中で双方がかかれていてはいけない)
- ある主張について、その主張が筆者の主張なのか別の誰かの主張なのかが明確に分かるようになっているか?(他者の主張の場合はちゃんと参考文献をひくことで、他者の主張であることを明記しなければならない)
- 筆者の主張について、その主張が正しい理由、データがかかれているかどうか?
- 「はじめに」で述べられた問題が「おわりに」でちゃんと解決されているかどうか(頭とお尻が一致しているかどうか)